琵琶湖博物館の藤岡康弘特別研究員、桑原雅之特別研究員、田畑諒一主任学芸員、京都大学の中坊徹次名誉教授、摂南大学の福家悠介特任助教の研究グループは、2025年6月21日付の国際学術誌にて、琵琶湖固有の新種としてビワマスに新たに学名(※1)「Oncorhynchus biwaensis(オンコリンカス・ビワエンシス)」を与えました。
7月19日より水族企画展示室の特設コーナーにて、本研究で用いられたタイプ標本(※2)を展示します。また、6月30日に今回の論文発表にかかるタイプ標本の撮影の場をマスコミ関係者向けに設けます。
※1.学名:その生き物を他の生き物から区別するための世界共通の学術的な名前。学名が付与されることを「新種記載」と言い、学名が付与されることで、はじめてその種は新種として認識される。
※2.タイプ標本:学名を付ける生き物の名前の基準になる標本。基準標本。ホロタイプは新種記載された際に1つだけ選ばれる代表となる標本。
ホロタイプ標本(生鮮時)
Fujioka et al. (2025)より(提供:藤岡康弘氏)
概要
・琵琶湖固有の新種としてビワマスに新たに「Oncorhynchus biwaensis(オンコリンカス・ビワエンシス)」という学名が付与されました(ビワマスが新種記載されました)。
・この学名を担うタイプ標本は琵琶湖博物館に保管されました。
・ビワマスは、1925年に新種として記載されましたが、1990年の研究によって1925年時に記載されたタイプ標本がビワマスとして知られている生き物とは違うことが指摘されたため、ビワマスには学名がありませんでした。
・今回の研究では、形態や遺伝分析などにより、近縁な種類と明確に異なることが示されました。
・水族企画展示室にて、今回の新種記載研究で使用されたタイプ標本を展示します。
・ホロタイプ標本(タイプ標本の中の代表)を期間限定で展示します。
・タイプ標本を展示する場所の横にあるトンネル水槽では生きているビワマスを見ることができます。
研究の詳細について
【ビワマスについての分類学的研究の歴史~江戸時代での認識、最初の記載】
ビワマスは琵琶湖のみに生息するサケの仲間で、琵琶湖を海のように利用しています。ビワマスの存在自体は世間一般にも学術的にも古くから認識されていました。実際、江戸時代に書かれた「湖中産物圖證」には、ビワマスが北國のカワマス(サクラマスのこと)と異なるものであることが記されていました。その後、1925年に米国の魚類研究者であるジョルダンとマクレガーによって、「Oncorhynchus rhodurus(オンコリンカス・ロヅラス)」の学名で新種として記載された種(この時に使用されたタイプ標本)が、長らくビワマスと見なされていました。
【他種と同じであるという認識から別のものであるという認識へ】
1930年頃~1960年代には、ビワマスは西日本に広く分布するアマゴの降海型(サツキマス)と同種であると考えられ、アマゴとビワマスに同一の学名が適用されていました。しかし、1970 年代後半からは、ビワマスとアマゴの比較研究が進展し、両者の形態や生態・生理などに違いが見出されてきました。1990年代後半から2010年代にかけては、遺伝分析によってもビワマスが他のサクラマス種群と異なることが示されてきました。
ビワマス成熟雄個体(タイプ標本ではない個体)
Fuijoka et al. (2025) より(提供:藤岡康弘氏)
そのようなビワマスの研究史の中で、1990年の木村晴朗による分類学的な研究で、ビワマスと見做されていた「Oncorhynchus rhodurus(オンコリンカス・ロヅラス)」のタイプ標本がビワマスではなかったということが指摘されてからは、ビワマスには学名がない状態が続いていました。
【今回の研究と今後の展望】
本研究では、近縁種のサクラマス(ヤマメ)、サツキマス(アマゴ)を含めて、新たにビワマスの標本を入手し、縮約的核ゲノム分析を含めた遺伝分析を行い、近縁種との交雑がない標本であることを確かめました。そうした標本について、詳細な形態分析を行い、これまでに報告されている近縁種などの標本との比較を行いました。その結果、ビワマスはサクラマス種群の近縁種とは明確に異なることが示されたので、琵琶湖に固有な新種としてビワマスに対して「Oncorhynchus biwaensis(オンコリンカス・ビワエンシス)」の学名を与えました。
学名が付与されることにより、国際的な場でも、琵琶湖におけるシンボルフィッシュの一つであるビワマスの存在が認められることとなります。ビワマスは琵琶湖固有種として生物学的に重要な魚というのみならず、琵琶湖周辺における漁業や食文化の中でも重要な魚です。しかしながら、河川改修によって産卵場所が失われたり、移入された近縁種と交雑するおそれがあるなど、現在危機的な状況にあります。ビワマスが種として認識され、保存対象種のリストに種として記載されることで、本種の保全がこれまで以上に進展することが期待されます。
本研究の成果は、日本魚類学会の国際英文誌「Ichthyological Research」に掲載されました。
展示について
資料保存のため、新種記載に用いられたタイプ標本(基準標本)は、一般にはあまり公開されませんが、今回の研究公表を記念して、特別にタイプ標本(ホロタイプ※1もしくはパラタイプ※2)を下記の期間、場所にて展示します。
特にホロタイプについては、今後展示される機会はまずないと思われますので、この機会がホロタイプ標本を展示で見る最初で最後の機会となります。
(展示標本や館内の状況によって、展示を休止・一部変更する場合があります)
※1 タイプ標本群の中の代表となるもので、新種記載の際に一つだけ指定される、その種をもっともよく示す標本。
※2 ホロタイプと同時に指定されたタイプ標本。雌雄や未成魚など様々な大きさや成長段階が登録されることもある。
・開催期間:2025年7月19日(土)~2025年9月28日(日)
ホロタイプ展示期間 7月19日(土)~8月3日(日)
・開催時間:9:30~17:00(最終入館16:00)
・開催場所:琵琶湖博物館 水族企画展示室 特設コーナー
・入場料 :常設展示観覧料が必要になります
*水族企画展示室では水族企画展示「淡水魚から見る世界の湖沼」が開催されています。
*水族企画展示室の先にあるトンネル水槽には生きたビワマスが泳いでいます。
*水族企画展示室の入口にはビワマス大型個体のはく製も展示しています。
*その他休館日などの情報は、当館ホームページでご確認ください。https://www.biwahaku.jp/
マスコミ関係者向け、タイプ標本の撮影について
今回の論文発表にかかるタイプ標本の撮影の場をマスコミ関係者向けに設けます。
・日時:2025年6月30日(月) 14:00~16:00
・場所:琵琶湖博物館 応接室
・内容:ホロタイプの撮影等、詳細は調整中
*当日(6/30)は休館日のため、来館には職員通用口を利用ください。
論文詳細
Fujioka, Y., Kuwahara, M., Tabata, R., Yusuke Fuke & Tetsuji Nakabo
The Biwa salmon, a new species of Oncorhynchus (Salmonidae) endemic to
Lake Biwa, Japan. Ichthyol Res (2025).
https://doi.org/10.1007/s10228-025-01032-z